パンダは語る!(2)
パンダが日本に招かれてから50年以上の期間に渡って飼育展示されてきました。まさに客寄せパンダであり、観光資源としての役割を担ってきました。その総数は40頭近くになりますが、個々のパンダがいた期間は10年ほどでありました。 パンダが初来日した1972年はパンダブームが起こり、その後も日中両国の記念行事などを経てパンダは徐々に日本社会に溶け込んでいきました。パンダの出産などが社会的な出来事として報道されることで人々の青春の1ページとして記憶されていったのです。 国宝としてのパンダ 日中戦争のさなか、蔣介石率いる中華民国は首都の南京を失った後、中国南西部の重慶に撤退して日本軍への抵抗を続けていました。蔣介石は日本軍に勝つためには国際社会を巻き込むことが必要だと考えアメリカの支援を得るために送ったプレゼントがパンダでした。 パンダ外交を発明した国民党は、第二次世界大戦後、中国共産党との内戦に敗れ台湾に撤退します。パンダは捕獲の難しい動物だったため、パンダの管理は中国共産党政権が引き継ぐことになりました。 <宇都宮健太郎 著、語るパンダ、朝日新聞社出版>