Fri. May 8th, 2026

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菌は今日もさすらう(2)

菌が増える仕組み 菌が増えるためには、水、無機化合物、糖、アミノ酸などの栄養素が必要です。増殖するには温度やPH、酸素濃度も重要で、其々の必要量は「菌」によってまちまちです。夏に食中毒が多くなる原因は、温度と湿度が高くなり菌の増殖にピッタリの環境だからです。10度以下では菌はほとんど増殖しませんが、夏では一個の菌が何万にも増えてしまいます。 食中毒で注意しなければならない事は? 食品に菌やウイルスがついている為に引き起こされる食中毒ですが、加熱したからといって必ずしも完璧とは言えません。細菌が死滅しても発生した毒素は残っています。その為時間が経った料理を再加熱、調理をしてもカビ臭や食物の傷んだ匂いは消えないのです。なので、調理後残してしまった料理は冷蔵庫に入れるようにしましょう。 風邪はどこから来るのか? 風邪の原因はほとんどがウイルスによるものです。「ライノウイルス」や「アデノウイルス」などは鼻水や咳、高熱の症状を引き起こします。ウイルスの感染経路は主に3つとされ、「飛沫感染」、「接触感染」、「空気感染」がそれにあたります。「空気感染」で空気中に浮遊するウイルスを吸い込んで感染して風邪になる事は稀なパターンですので、手洗いうがいをして日々の健康に気を付けていきましょう。

お米がいつまでも高いのはなぁぜなの?(2)

JAグループには地域農協を統括する都道府県や全国的な組織もあり、重要な役割を果たしています。 JA全中地域農協の指導をしており、コメ生産をはじめとする農業への取り組み方針を示したり、政策提言をまとめて農水省や自民党をはじめとした政党に提出したりしています。TPP関連集会を開いたり、選挙JAに寄り添う候補者を支援するなどJA全中は政治運動を盛んに行ってきました。 JA全農全国の地域農協が組合員から集めたお米や野菜を、卸売り業者や小売業者に販売したり、メーカーから仕入れた肥料や農薬を、地域農協を通じて農家にお届けするという商社としての役割を担っています。 JA全農は、終戦後長い間食糧管理制度による行政の代行としてお米に関する取り決めを決めていたので、昨今の米価格高騰からの批判もこの為でありました。 日本は山間部が多く農耕可能土地が少ないため、農作に手間がかかり、農家が非効率な農業経営を余儀なくされているといいます。今後は食料自給率などを気にかけながら国が中心となり土地の整備、開発をしていくことが期待されます。

お米がいつまでも高いのはなぁぜなの?(1)

米不足からの価格高騰が今食卓を直撃しています。JAにも責任があるとの声もありますが、どういった組織なのでしょうか。 JA農協は農業者による互いに助け合うための協同組合です。農畜産物やその生産に必要な物資をまとまった量、肥料や農機を一括購入したりしています。 農協では様々な事業をされいます。 農業関連事業組合員が生産したコメや野菜、果物、牛肉、豚肉などを集めて、卸売り業者に販売します。また、注文を受けて、JA全農に集約しメーカーと価格交渉した後、肥料や農薬、飼料、農機といった生産資材を組合員に販売しています。 金融事業組合員や地域住民から貯金を集め、農家組合員が農機を購入する時に費用を貸しています。また、生命保険等のJA共済も取り扱っています。金融事業は長年黒字が続き、他の関連事業の赤字を補填してきました。 その他事業スーパーマーケットやガソリンスタンドなどの経営をし、地域住民の大切なインフラとなっていたこともありました。 このように幅広い事業を手掛けているJAですが、戦時中は農村統制を行っていた機関でありました。戦後GHQにより解散され現在の農協に至ります。

菌は今日もさすらう(1)

12月に入り寒さも本格的になってきました。この季節になると風邪をひきやすくなるなど、普段の生活の中でより一層の体調管理と衛生への注意が必要になってきます。そこで、今回は雑菌についてです。 すべての菌は悪者?私たちが一般的に言っている、ばい菌とは大きく二つの系統に分かれています。菌類とウイルスです。 「菌類」には細菌、古細菌、真菌などの種類がありますが、人体に害をなす菌や人間と共存している菌など一概にすべて悪者であるとは言えません。細菌は一つの細胞でできた単細胞生物で大きさが0.5~5μmになります。細胞核を持ちません。人間や動物と違う細胞で出来ています。真菌は複雑な構造を持ち大きさは細菌の100倍以上になります。細胞核があり、ミトコンドリアやコルジ体など人間や動物と全く同じ細胞構造をしています。 一方のウイルスは生物という括りには入らないものとされています。その大きさは細菌のおよそ10分の一であり、ウイルスは「核酸」「カプシド」「エンベローブ」という三つの要素から成りたっています。通常、生物の遺伝情報はDNAに記載されそれをもとにタンパク質の複製を行いますが、ウイルスの場合RNAしか持たない場合が多いといいます。自分自身の活動では子孫を残せず他の生物の細胞を乗っ取ることで増殖していくのも特徴的です。

フラフラと散歩に行くと思う事

日本の伝統的な家屋はなぜ今の形になったのでしょう。気にしたことはありますか? 六世紀の終わり、仏教建築が伝来するまでの日本の建築様式は柱を土の上に立て、床を高く張り、屋根は草ぶきで木に着色をしない形のものでした。 一方の仏教建築では柱を碇石に立て、柱に組み物を置き、屋根には瓦を、木部には彩色を施し、軒をそらせ、飾り金具を使った華やかなものだったといいます。 中国から伝わった建築様式は八世紀ごろまで影響がつづき、これがその後の日本建築の基本的な様式となりました。 中国からの影響をうけてきた建築ですが、様式そのものについては長い時間をかけて、日本的な感覚による取捨選択がされました。生活に便利なように新たな要素も加わっていきました。そうやって日本の家屋は独自の発展を遂げてきたといえるでしょう。 <引用:太田博太郎 著、奈良の寺々、吉川弘文館 >

最近よく名前を聞くあの熊(2)

ツキノワグマの名前の由来は胸にある白い模様が三日月に見えることからきているのは多くの方がご存知だと思います。 ツキノワグマの胸の白い模様は個体によって異なります。エプロンみたいな模様の個体もいれば、左右非対称の模様の個体など様々です。基本的には年齢によって模様は変わらないので、模様の違いを使って野生のツキノワグマの生息数を算出しようとする試みも行われています。 ツキノワグマの一日はどのようなものなのでしょう。 その一日は夜明けとともに始まり、日暮れとともに終わります。冬眠から目覚めた直後の春は、一日の活動時間が少なく寝たり起きたりを繰り返しながら、冬眠中に低下した体力を徐々に回復させていきます。夏になると、暑さを避けるため昼間は木の上などで寝て過ごし、活動するのは朝方や夕方になります。秋以降は飽食期と呼ばれ、昼も夜も食べる事に専念します。このように、自然の中でツキノワグマは人間と同じような昼行性の生活をおくっていたのです。 <引用:小池伸介著、ツキノワグマのすべて、文一総合出版>

究極の命題、生命としての概念(1)

命とはどこからどこまでを指すのか考えたことはありますでしょうか? 人間と動物は痛み、悲しみ、喜びなどの感情を持ち合わせますが、では植物はどうでしょうか?植物はものではなく生命であると認識をされているとは思いますが、突き詰めて見ていくと、生きていること=生命活動をしている事、とは化学反応の連鎖であります。 植物は「自我を持たない」、「動けない」ことから生物界の最下層に位置しているとされます。しかし、太陽の光から光合成をし、栄養を作り出せる点は他の動物には真似できないことです。種から芽が出て、幹が大きく太くなり、また種を撒いて増えていくーその生態は繁栄という観点からみればとても成功したものと言えるでしょう。 太古より植物は自然科学における研究対象でありました。植物を観察し、記録し、命名、属や種に分類するのが「植物学」であります。 古代ギリシャの哲学者、アリストテレスは運動能力を持つ生き物を動物、持たない生き物を植物とする生物分類法を制定しましたが、ルネサンス期以降はその方法は変わっていきました。

最近よく名前を聞くあの熊(1)

最近巷を騒がせているツキノワグマはどのような生活を送っているのでしょうか? 現在、世界には8種類の熊の仲間が生息しています。アンデスグマ、ナマケグマ、マレーグマ、アメリカクロクマ、ツキノワグマ、ヒグマ、ホッキョクグマです。ツキノワグマは、西はイランやパキスタン、東はロシア、朝鮮半島、日本の本州に広く分布しています。 ツキノワグマはいつ何処から現れたのでしょう? 約500万年前にヒグマとツキノワグマの共通の先祖がいたとされます。その約50万年後に東南アジアに生息するマレーグマとインドに生息するナマケグマがツキノワグマから分岐していきました。 ツキノワグマは東アジア全域に分布を広げ、日本には60万年程前に朝鮮半島を経由して北九州にたどり着きました。地球全体が氷河期で陸続きだったため泳いでではなく歩いて渡ってきたのです。二ホンジカやニホンザルなどの大型哺乳類もこの時期に日本に渡ってきていました。