Thu. May 7th, 2026

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アホウドリはそんなにアホなんでしょ?(2)

海をさすらうアホウドリですが、繁殖活動は太平洋のミッドウェー島で行います。陸では卵やひなの面倒を見て、海では数日から数週間かけて餌を探します。アホウドリの子育てを成功させるには、それぞれの親鳥が知識や技能を持っているだけでは不十分で、つがい間の強い繋がりも必要とされます。もし片方の親鳥が死んだり、子育てを放棄すれば、ひなが巣立つことはありません。 そのため、アホウドリはパートナーの選定にはとても慎重です。三才ほどの若鳥になるとアホウドリは自分の生まれた島に戻っていきます。それから数年の年月を費やして、互いにさえずいたり、ダンスを披露したりして、最終的に自分に合う一羽のパートナーを見つけていくのです。ダンスをしたり、時には巣を作ったりする交際期間ですが、交尾は行わないといいます。 アホウドリが、いつこの地球上に誕生したのかハッキリとはわかっていません。一番古い時代の化石記録は3300万年前になるといいます。 3000万年という苦難と危険に満ちた長い年月を生き抜いてきたアホウドリー不憫な名前を付けられてしまいましたが、その実態は人間のように思慮深く、かつ互いを信じあって困難を乗り越えていく生き物だったのです。 <引用:トム・ヴアン・ドゥーレン著、絶滅へ向かう鳥たち、青土社>

ゴシゴシきれいに洗いましょ~

皆さんは日々の生活の中でどれだけ洗剤に気を留めてるでしょうか。洗剤について考えてみたいと思います。 洗剤には、PH6~8の中性洗剤とPH6未満の酸性洗浄剤、PH8以上のアルカリ洗浄剤に分けられます。中性洗剤は普段台所で食器や包丁を洗う際に最も使われているものでしょう。殺菌力は強くなく、主に汚れを落とすことを目的にしています。 アルカリ洗浄剤には水酸化ナトリウムや炭酸ナトリウムなどのアルカリ塩類を含み、油やタンパク質に作用して溶かす働きがあります。中性洗剤で落としきれないひどい汚れにも対応できたりします。 泡が立たなくても汚れは落ちる? 泡とは何でしょうか、本来水の物性として空気を含む気泡は出来にくく、表面張力が強いため気泡はすぐに割れてしまします。この状態から水に界面活性剤を加えることで泡が生まれた際に水になじみやすい親水基を水の層に、水になじみにくい親油基を空気側に向けて並ぶため泡が生成されていきます。 泡がなくても汚れは落ちますが、泡立出せることで汚れの隙間に洗剤が入り込み、効率的に洗えるようになるでしょう。

アホウドリはそんなにアホなんでしょ?(1)

テレビや新聞などでアホウドリの名を聞いた事はあるでしょう。なぜこのような名前を付けられたのか、可哀想、不憫に感じられたことはないでしょうか? アホウドリはノマドのように海をさすらう外洋性の海鳥です。他の海鳥が海岸沿いを主な生活の場にしているのとは違い一生のほとんどを沖合の海上で過ごします。アホウドリは一日に数百マイルの距離を移動することもあり、平均移動速度は時速50~80キロになるといいます。 渡りをする鳥は珍しくありませんが、得てして頻繁に長距離を移動するものではありません。それに対して、広大な範囲を飛び回るアホウドリですが、連日長距離の移動が行われます。長時間にわたり、疲弊することなく飛行するにあたって、アホウドリは可能な限り羽ばたきを少なくし、風の力を借りて滞空状態を維持しています。生物学者のスコット・シェーファーは「アホウドリのボディプランは最小限の労力で高速滑空能力が最大化するように設計されている」といいます。

仏像がぶつぞぉ?

修学旅行で行かれた方も多い東大寺、金堂に建立されている大仏には荘厳さと壮大さが感じられます。 東大寺は734年に建てられてから約400年の間、火災にあうこともなく過ごしていましたが、1180年の戦火で全焼してしまいました。自力で復興を試みた僧重源は各地に赴き援助を依頼したといいます。1227年に復興工事は一段落しましたが、すべてが再建される事はありませんでした。 時は1567年、東大寺は再び戦火で焼け落ちてしまします。この状況を嘆いて再興に志したのが僧公慶でした。1686年に大仏の鋳造をはじめ、大仏殿の造立、開眼供養を行いました。 大仏殿は木造家屋としては世界最大の規模を誇っています。多くの方が尽力して今の大仏が建ったのです。あわただしく過ぎていく毎日ですが、時間のある時に訪ねてみてはいかがでしょうか? <引用:太田博太郎 著、奈良の寺々、吉川弘文館 >

プラスチック容器は沢山種類あるのね(2)

プラスチックは石油から出来ている? 中東から運ばれてきた原油は加熱分解されると、揮発油、灯油、ナフサ、軽油、重油になります。このうちナフサからプラスチックの原料となるエチレンやプロピレンを作りそれらをつなげてプラスチックにしているのです。出来上がったばかりのプラスチックは高温で餅状のものですが、これに添加剤を加えていくことでペレットや粉末にして出荷されます。 プラスチックのリサイクル プラスチックのリサイクルは其の物の再生利用と熱源としての再利用に分けられます。再生利用にはペレットにする方法と各種加工品にする方法、原料にする方法があります。熱源としての再利用は固形燃料、燃焼油、燃料ガス、ごみ発電が挙げられます。 リサイクルにはコストが掛かっているため、それが回りまわって消費者が購入する商品に上乗せされていきます。普段からプラスチックの消費を抑えるなど、環境に配慮した生活習慣をつけていきましょう。

マグロは何番目にお好き?(2)

マグロ食の歴史 8世紀末頃に完成したといわれる我が国最古の歌集である万葉集には漁業の情景を歌ったものがいくつかあり、そこから当時の漁法を知ることができます。 万葉集第9巻4218番には大伴家持が越中守として赴任した時に詠んだ歌があります。当時は漁火を灯してそれに集まるマグロを銛で突いて取っていたことがわかります。 江戸時代に書かれた慶長見聞集には「鮪(しび)は味わい良からずとて地下の者も食わず、しびは死日に聞こえ不吉なり」とあり、マグロは下等、下品な魚と見られていたようです。江戸時代では武を尊ぶ気風が強かったことから「勝つ、勝男武士」と表現される鰹が好まれました。 昭和の初めごろになり、マグロは徐々に寿司ネタとして使われるようになりましたが、赤身が主流で「トロ」はあまり食べられていませんでした。「トロ」が珍重されるようになったのは最近のことで、そこには戦後の食文化の欧米化の影響がありました。 <引用:熊井英水 著、クロマグロ完全養殖、成山堂書店>

プラスチック容器は沢山種類あるのね(1)

SDGsの循環型社会に転換と、世界中で地球環境を良くしていこうとしています。普段煩わしいと思ってしまう、プラスチック容器の処理、分別。その何気なく使っているプラスチック容器、それはどこから来たのでしょうか? 1860年代に象牙からビリヤードのボールを製造していたニューヨークのコランダ社は象牙の代替品となる物を探してきた人に一万ドルの賞金を与えると発表しました。ハイアット兄弟は爆薬の原料であるニトロセルロースからセルロイドというプラスチックを発明しました。セルロイドはシャツのカラー、写真フィルム、ピアノの鍵盤などに広く使われました。 プラスチックは大きく分けて「熱硬化性プラスチック」と「熱可塑性プラスチック」に分けられます。衝撃や酸、アルカリや油への耐性の違いによって生活のあらゆる場面で利用されています。 「熱硬化性プラスチック」ポリウレタンークッション、マットレス。フェノール樹脂ー配線基板、配電盤ブレーカー。ユリア樹脂ーボタン、キャップ。不飽和ポリエステルーヘルメット、釣り竿。エポキシ樹脂ー塗料、タンク容器。など 「熱可塑性プラスチック」ポリプロピレンーシール容器、コンテナー。塩化ビニルー水道管、ホース。軟質ポリエチレンーラップフィルム、食品容器。PETーペットボトル、卵パック。ABS樹脂ー家具部品、旅行トランク。など

隙があったので自分を語ってみました。(1)

筆者は以前神奈川県に住んでいましたが、心機一転、新天地を求めて地方に引っ越しました。 引っ越した家の外壁には虫が入れるような穴がいくつかありました。屋根裏も壁と屋根に隙間があったりと沢山の昆虫が出入りできる状態です。 まさに昆虫の王国でした。遭遇した昆虫は数知れず、夜中に数十匹のゴキブリやら何やらが家の周りをドンドンバンバン音を立てて移動していったこともあります。 私が最初に遭遇した昆虫はゴキブリ君でした。キッチンで夕飯の準備をしていた時です。最初は私の方をじっと見ていましたが、私が歩いていくと急に我に返ったかのように走り去っていきました。あまりに慌てていたのでしょうカーブのところで曲がり切れずに危うくひっくり返ってしまうところでした。 ゴキブリというと、思い出深いことがあります。5年程前になるでしょうか。私の部屋にゴキブリがでました。部屋が密閉空間で外に逃がしてやれる大きさでもなかったので、スリッパで叩き潰したのですが、その5分後に同じ場所でゴキブリがじっとしていたのです。私が近づいてもなんの反応もありません。おそらくツガイだったのでしょう。「あなた~、どこなの?ごはんよ!」人間には聞こえない声で呼びかけていたのかもしれません。 かわいそうだと思ったので一緒に天国に送ってあげました。

マグロは何番目にお好き?(1)

私たちが好んで口にする寿司ネタ、「マグロ」年々その漁獲高は減ってきています。その実態をご存知でしょうか。 かつて、クロマグロはマグロ類全体の数パーセントしか流通しておらず、脂の乗ったトロの部分は僅かなため、クロマグロは高価でなかなか口にすることのできない貴重なものでありました。最近ではスーパーや回転寿司でも見かけるようになりましたが、これは養殖マグロが市場に出回るようになったからなのです。 回遊魚であるマグロ類は必要酸素量が多くクロマグロ養殖の環境としては水深20m以上、波浪の影響が少ない、潮流が1~2ノット、溶存酸素量は7ppm、適水温は20度以上とされています。 マグロの養殖には多くの課題があり、それらを解決して行かなければなりませんでした。養殖を始めた当初は稚魚まで育成することはできましたが、飼育のむずかしいクロマグロは稚魚以降には育たなかったといいます。 完全養殖の達成によって養殖用種苗の確保は天然資源に頼ることなく、人口生産が可能となりました。安定供給ができたことで産業としても発展できたのです。

柿を食べていると・・・

「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」おいしい柿の季節がやってきました。柿を食べているとふっと法隆寺が思い出されます。 法隆寺は、塔、金堂、講堂、鐘楼、経楼があります。 塔はお釈迦様の墓、ストゥーパの音から卒塔婆とし塔と略されました。インドのストゥーパは釈迦の骨を埋め、上に土盛りをして、貴人の象徴である蓋を立てたものです。 金堂は本尊をおまつりする所で仏殿ともいいます。講堂は講法堂とも言い、仏法を講ずるための建物で多くの方が集まります。 経蔵はお経をしまっておく建物で、書庫の役割をになっています。鐘楼には寺内の方に時刻をお知らせする鐘があります。 奈良時代には法隆寺では200人ほどの方が住まれていたそうです。 世界最古の建築、法隆寺ーあなたは行ったことありますよね?! <引用:太田博太郎 著、奈良の寺々、吉川弘文館 >